Note

長崎市の都市デザイン 〜歴史の継承〜

長崎市の都市デザインについて、紹介しよう。2022.01.11訪問記と同じくJUDI通信の取材で2020年7月に長崎を訪れたときの長崎市のアーバンデザイン。JUDI通信2020年秋号(No.17)のプロジェクト100選で紹介した時の記事を補強している。

 

長崎市は、人口40.7万人、面積406㎢の九州西端にある県都である。南蛮貿易で栄えた港町、坂本龍馬も闊歩した明治維新の西の舞台、広島に続く第二の原爆被爆都市、高度経済成長を牽引した造船業の企業城下町、など独特なイメージをもつ歴史文化都市でもある。リアス式海岸の細長く奥まった長崎湾と300〜400mの山々に囲まれた“坂のまち”としても有名な長崎は、その都市デザインもユニークだ。

 

■中島川に架かる眼鏡橋の復元

中心市街地を南北に流れる中島川には、国指定重要文化財の眼鏡橋をはじめとしたアーチ石橋が14橋あり、多くの人に親しまれている。眼鏡橋は、1634年に架けられた2連アーチ橋で、全国的に注目された石橋であったが、1982年の長崎大水害で他の石橋とともに被災した。地元の強い保存運動などもあり眼鏡橋は現位置に復元され、左右両岸には巨大なトンネル水路(右岸:12m×6m×延長240m、左岸:5m×6m×延長262m)が整備され右岸上部は公園利用されている。その景観は、これまで長崎が育んできた地域文化を絶やすことなく後世に継承しようという強い意志を垣間見せている。

保全された眼鏡橋と長崎中心部の街並み 中央奥に2連アーチの眼鏡橋。両岸地下には洪水対策の巨大バイパス水路が設けられている。

眼鏡橋

 

■出島表門橋と出島復元

鎖国時代に西洋との唯一の交易拠点であった出島の表門に架かる橋が2017年にモダンなデザインで完成した。かつての表門橋は長さ4.5mの石橋であったが、明治の中島川変流工事により川幅が約30mに拡張されたこともあり、元の姿への復元は諦め現代にふさわしい橋梁を求め、設計者にNey & Partners Japanが選ばれた。国指定史跡である出島には橋台が設置できないため、対岸の橋台のみで全長38.5mの荷重を支え“シーソー”のようにバランスをとる最先端の構造を取り入れている。その姿は主役の出島に配慮し、できるだけ風景に溶け込むよう桁のウェブに無数の開口を設け、手すり子は細い縦桟にし、背後の出島の商家群が透けて見えるよう工夫されている。桁側面の8つのフランジがうねるように弧を描き、金属粒子を含むステンレスフレーク塗装が重厚感を与え、洗練されたデザインを醸し出している。出島の対岸には“出島表門橋公園”が同時期に整備され、市民参加による様々なイベントが行われている。また表門橋の北側延長には、かつて長崎奉行所西役所が置かれていた県庁跡地の活用が地元で熱く議論されている。長崎街道から出島に至る都市軸がどのように形成されるか注目だ。1951年にスタートした出島復元事業は、百年後の2050年には出島の四周全てを水面化し扇形の出島を完全復元するという。今後も見逃せない。

出島表門橋 江戸時代には出島への唯一の架橋だった出島表門橋が現代的なフォルムで2017年に完成した。

 

注目すべきは、長崎の人は本気で出島の四周を全て水面化し、江戸時代の出島の姿を本気で実現させようと考えている点だ。「出島和蘭商館跡復元整備・長期計画骨格図」の写真にある計画図を隠すこともなく掲げているのには感心した。長期とは言え、民間の敷地を勝手に道路用地にしたり改変したりして、それを図にして公表することは、往々にして非難の的になる。それを長崎では『百年の大計』と称して堂々と長期計画を公にしている。実現に至るまでには、様々な検討・検証を要するだろうし、その間、様々な批判にも晒される。そうした批判・批評・議論を経てこそ、地元や多くの人々に愛され認知される資源になるのだと思う。マスタープランで具体的な長期フィジカルプランがなかなか描けない昨今にあって、長期計画図を掲げ取り組んでいる長崎には今後も注目していく価値がある。

史跡「出島和蘭商館跡」復元整備計画より

 

■江戸の町割を今に受け継ぐ

長崎は明治以降港湾の埋立てでダイナミックに街の形を変えてきたが、中心市街地では江戸時代からの町割を今も継承している。北東にある諏訪神社から県庁跡地に伸びる市役所通り沿いは今も昔も丘の上にできたビジネス街。その東の中島川沿いの低地は浜町を中心に町人が商いをしてきた繁華街。南東には丸山(遊郭跡)があり今もその雰囲気を残す。東側の風頭山麓や長崎駅の東の筑後通りには今も寺町が残る。古地図に描かれている長崎のまちは概ね1.5km四方のエリアにスッポリ入る。観光マップと古地図を片手に時空を超えた歴史散策も面白い。

長崎の古地図 1801年に長崎・梅香堂より出版された古地図。左に45度傾けると現在の地図にほぼ重なる。

 

■進む湾岸地域の開発

魚市跡地整備(新・長崎県庁5.8ha竣工2018年)、長崎駅西側鉄道用地再開発(長崎駅周辺地区19.2ha)、三菱重工業幸町工場跡地再開発(長崎スタジアムシティプロジェクト7.5ha)など、湾岸地域での開発が急速に進んでいる。中島川沿いの低地と西側の尾根筋に沿って発展してきた都市骨格が大いに変革しようとしている。特に、長崎駅周辺地区では、土地区画整理事業により基盤整備をおこない、長崎駅新駅舎・西九州新幹線開業、出島メッセ長崎、新駅ビル、新駅前広場、ホテル・商業施設群などが建設される。これまで手狭な都市空間だった長崎駅周辺が、市民が快適に闊歩できる広々とした交通結節点・交流空間が創造される。異彩を放ってきた長崎の歴史がまた新たにステージに進もうとしている。それら都市開発プロジェクトがどのように歴史を継承していくか、これからも注目し続けていきたい。

建設中の新長崎駅舎(新幹線)

長崎駅周辺整備の完成イメージ図(東側から見る)

 

(尾辻信宣)